政治

安倍晋三と社会主義 アベノミクスは日本に何をもたらしたか (朝日新書 2020年1月)

1著者 鯨岡仁

『安倍晋三と社会主義 アベノミクスは日本に何をもたらしたか』(朝日新書・2020年1月)を読みました。
248ページと新書にしては若干ボリュームがある量です。
著書は鯨岡仁(1976~)で朝日新聞の記者です。
著書に『日銀と政治 暗闘の20年史』『ドキュメントTPP交渉 アジア経済覇権の行方』等があります。朝日新聞社内では、政治部や経済部等の記者経歴があり、内外政治に見識がある記者です。

2本書の概要

異次元の金融緩和、賃上げ要請、コンビニの二四時間営業まで、民間に介入する安倍政権の経済政策は「社会主義」的だ。その経済思想を、満州国の計画経済を主導し、社会主義者と親交があった岸信介からの歴史文脈で読み解き、安倍以後の日本経済の未来を予測する。

以上が出版社が示す概要です。

3本書の章立て

第1章 「統制経済」と「福祉」のDNA
第2章 社労族から小泉首相の後継者へ
第3章 「瑞穂の国の資本主義」、その真意
第4章 アベノミクスの「変節」
第5章 アベノミクスとは何だったのか?
第6章 ポスト安倍の行方

以下本記事では、本書の『第1章 「統制経済」と「福祉」のDNA』の内容から、岸信介と三輪寿壮について述べているところを中心にまとめていきたいと思います。

4本書のおもしろさ

タイトルと章題から、安倍晋三首相および彼の経済政策に迫った内容だと判断できます。
しかし、安倍の経済政策(=アベノミクス)の源流には「岸信介」と「社会主義」の関連があります。
本書ではアベノミクスの政策的背景の解説、社会的影響にも触れています。
さらに、その源である「岸信介」とその交友関係を紐解き、歴史的考察も行っている守備範囲の広い内容となっていることが興味深いところです。

5岸信介とは

岸信介(きしのぶすけ 1896~1987)は安倍晋三の母方の祖父です。

戦前

岸は戦前から、商工官僚や閣僚、政治家等として勤めました。
1930年代に商工省の革新官僚として活躍。
1936年には万種国実業部部長となり「満州産業開発五カ年計画」(1937年)の策定に携わります。この時の満州国での経験が岸に政・官・財へ幅広くつながりを作った機会となりました。
1939年に帰国後、商工次官となり、政府が産業統制を進める計画経済の構想を練ります。
1941年10月に発足した東条英機内閣で、商工相に就任しました。
戦時下の統制経済推進をし、戦争中の物資動員を取り仕切ったのです。

戦後

岸は1945年に連合国軍からA級戦犯被疑者として逮捕され、巣鴨拘置所に収監されます。
1948年12月24日、不起訴のまま放免された後、公職追放期間を経て、公職追放解除の後、政治家として再起を図りました。
保守政党の政治家として活動し、1957年2月に石橋湛山首相が病に倒れた後、首相となりました。
岸の首相在任期間は1957年2月25日~1960年7月19日です。60年安保闘争の渦中の首相として知られています。

6三輪寿壮とは

三輪寿壮(みわじゅそう 1894~1956)は福岡県出身の弁護士、法律家、政治家として活躍した人です。
弁護士として労働運動や農民運動の支援、政治家としては左派政党の議員や役職についていました。

三輪寿壮と岸信介

三輪寿壮は岸信介ほど知名度はありませんが、岸と無二の友人であったことが本書で書かれています。
2人は旧制一高の同期として出会いました。
三輪は一高寄宿舎の全寮委員長を務めていて、当時の一高生の間では岸よりも三輪の方が有名だったそうです。
2人は1917年に東京帝国大学法学部へ進学しました。
帝大法学部の学生として三輪は「民本主義」を唱える吉野作造教授、岸は「天皇主権説」を唱える上杉慎吉教授のもとで学びました。

弁護士から政治家へ

大学卒業後の三輪は労働者や農民を支援する弁護士として活躍し、無産政党の結社やつなぎ役として奔走しました。
1937年4月に社会大衆党の候補者として衆院選に立候補して、「反ファッショ」を掲げて初当選をしました。
1937年6月に第一次近衛文麿内閣が成立、同年7月7日盧溝橋事件が発生して、日本は戦時体制へと向かいました。

盧溝橋事件に関する予算審議の際、三輪が属する社会大衆党は戦争を積極的に支持。
階級政党から国民政党へと進路転換を図ります。
さらに、同年11月の党大会では新綱領を定めました。
「資本主義を改革し、もって産業発展の計画化と国民生活の安定」を期し「国体の本義に基づき日本国民の進歩発達をはか」ると表明しました。

革新官僚・左派と軍部

当時の日本は流動的な雇用や、財閥を中心とした資本家が跋扈する資本主義社会体制でした。
それらの活動を抑えるべきだという左派勢力も一定の力がありました。
具体的には、既存政党の政友会や民政党が支持母体からの要望で身動きが取れなくなっていたなかで、経済統制を唱える政治家や革新官僚の左派勢力が新時代の構想を打ち出す動きがあったのです。
これらの左派勢力と軍部の方向性の相性がよかったことから、国家総動員体制が整えらました。

電力国家管理法や国家総動員法は1938年に国会に上程されました。

ちなみに、経済学者の野口悠紀雄(1940~)は、平成不況の原因は戦時中に構築されたシステムの非効率さだとして、このシステムが確立された1940年頃の情勢を分析した「1940年体制」の中身を論じています。

岸信介の弁護

戦後に、三輪は公職追放を受けました。戦時中に大政翼賛会の連絡部長を引き受けたことが原因です。
この時期に三輪は、A級戦犯として収監された岸の主任弁護人を務めます。
三輪は、岸が大本営政府連絡会議に商工相として出席していない証拠を集め、岸が起訴されず釈放されるために奔走したようです。

日本社会党へ入党

三輪は戦後有楽町に弁護士事務所を開設し、1950年10月に日本社会党へ入党します。
いっぽう岸は1952年8月の衆院選で「日本再建連盟」という政治団体で十数人の候補者を立てましたが当選者は一人でした。
岸はこのころ三輪に「社会党に入れてくれないか」と頼んでいたのですが、党幹部の反対により三輪は断ったようです。
戦前に革新官僚だった人は、戦後左派政党で活動した者も多かったのです。

7三輪寿壮と岸信介・安倍晋三

国民皆保険制度

岸信介は首相になり国民皆保険制度の構築にも尽力しました。
保守政治家と知られる岸が福祉政策にも力を入れていることは意外かもしれませんが、戦前の革新官僚と左派政治の関連や、三輪との交流を考慮すると、あり得ないものではないといえます。

リフレ政策であるアベノミクス

アベノミクスは大胆なリフレ政策を行っていることで知られています。
しかしリフレ政策は、米国では左派の主張として広がっているものです。
なぜ安倍が左派的な経済政策を支持したのか、源流が岸信介の考え方にあるということを考察しているのが本書になります。

8アベ政治の問題点

『安倍晋三と社会主義』を読んでわかることは、安倍晋三の考え方の背景です。祖父の意向をくむことが安倍氏の理念を形作る要素の一つとなっていることです。そこには「自分」というものがあまり感じられません。

個人的には現在の安倍晋三長期政権は問題だらけで、議会制民主主義をないがしろにしている権力体制だと考えています。
もちろんこのへんは、色々の意見があるのは承知です。
しかし私としては以下の3点を批判するべきだという見解です。

内閣府(官邸主導)の権限増大による弊害

メディア統制

クズ官僚の登用による忖度の蔓延

機会があればこのへんの問題点についても記事にするつもりです。

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