本記事では大澤真幸の編著『戦後思想の到達点 柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る』を参考に、柄谷行人の交換様式論についてまとめます。
1柄谷行人とは…
柄谷行人(1941∼)は哲学者、文学者、文芸批評家です。
1965年、東京大学経済学部卒業
1967年3月、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了
その後、大学の教員として勤めながら、評論や研究を行いました。
夏目漱石や中上健次作品の評論や、マルクスの新たな解釈、社会構造の成り立ちの考察を行っています。
主著に『探究I』(1986年)
『探究Ⅱ』(1989年)
『トランスクリティーク――カントとマルクス』(2001年)
『世界史の構造』(2010年)などがあります。
2交換様式論
柄谷氏が論じる交換様式論を示すため、社会学者の大澤真幸(1958~)の編著『戦後思想の到達点 柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る』(NHK出版 2019)の内容を参照していきます。
交換様式論とは
交換様式論とは社会構成体の歴史を、交換様式の観点から説明する理論です。柄谷行人が1998年に着想して、理論構築をしました。
生産様式論とは
柄谷氏の交換様式論は「マルクスの生産様式論」の限界を克服するために構築されたものです。
ここで、生産様式論をみてみます。生産様式とは「生産関係」のことです。具体的に「生産関係」とは、生産手段を所有するのは誰かということから関係の様態を考えることです。
ここで生産手段の所有者について、社会構造から示してみます。
【生産手段の所有者】
資本主義社会→資本家
封建制→封建領主
氏族社会→共有(シェア)
マルクスは社会の土台は「経済的なもの=生産様式」であり、その上に「上部構造」として法律や政治の構造と意識の諸形態(イデオロギーや観念)のっていると、暫定的に考えました。
この考えをエンゲルスが引き継ぎ、この土台と上部構造の関係を「史的唯物論」の公理(=説明前提の図式)に格上げしました。これが有名な「下部構造が上部構造を規定する」といわれている理論です。
20世紀以降の共産主義政党や社会主義国家が、社会構築の理論的支柱にした内容です。
生産様式論への批判
しかし、この史的唯物論には早い段階から批判がありました。政治的なことや、観念などが経済的なものにすべて規定されるのはおかしい、と。そもそも、経済的なことが、政治的なことやイデオロギーを決定している/決定していない、という説明が成り立つのは資本制社会だけなのではないか、という批判です。
生産様式論の克服
生産様式を起点にした考えでは、社会構成体の歴史の説明ができない。そこで考え出されたのが、柄谷氏の「交換様式論」です。「交換様式論」では、「交換」を経済的な概念ととらえ、交換の現象として解釈できる「政治的関係」も経済的なものに含まれる、と前提されます。
3交換様式論の四つのタイプ
柄谷氏は交換様式を4つに分け、交換様式A~Dに分類しています。以下それぞれの交換様式を見ていきます。
交換様式A…互酬交換(贈与と返礼)
交換様式Aは贈与とお返しのことです。
バレンタインデーのプレゼントと、そのお返しを考えるとわかりやすと思います。
交換様式B…服従と保護(略取と再分配)
交換様式Bは支配と服従の関係と同一です。政治的な関係であると同時に、経済的な関係でもあります。
被支配者は支配者に服従することで保護を得ています。同時に被支配者は支配者に対して、税や年貢を払っています。徴収された税は、ある程度は、公共事業や福祉などによって再分配されます。
国家はこの交換様式Bで成り立っています。
交換様式C…商品交換(貨幣と商品)
交換様式Cは市場経済における交換様式です。
貨幣と商品の交換では、お互いの関係は非対称です。貨幣をもつ側と、商品をもつ側のどちらが優位になるかは、状況によります。しかし、商品が労働力の場合は貨幣で労働力を買う資本家が、労働者を搾取する階級関係が生じます。
交換様式D…柄谷氏のオリジナル
交換様式Dは柄谷行人氏がオリジナルな仮説として提示しています。そのぶん、理解しづらいところもあるかもしれません。
互酬的な交換様式Aは、国家の支配=様式Bや、貨幣経済=様式Cが浸透して解体しますが、その後高次元で回復します。このAを回復したものが交換様式Dとなります。
交換様式DがAと異なる点は、Dに至るまでに、Aを(BやCによって)いったん否定しているところです。
交換様式Dは、Aのように個々人を共同体に縛りつけるものではありません。BやCの成り立ちの上で互酬性を回復することがDの特徴となります。
Dの歴史的な表れとしては、普遍宗教が挙げられます。すなわちキリスト教、仏教、イスラム教、その他分厚い層の信仰者数がいる宗教は交換様式Dの社会構成体と言えるでしょう。
4社会構成体と四つの交換様式
現在までの歴史の発展過程は、交換様式A→B→Cと経ています。普遍宗教は交換様式Dといえますが、Dが支配的な交換様式である社会は成立していません。
また、ひとつの社会構成体は複数の交換様式によって形成されています。柄谷氏によれば、近代社会の構造には3つの要素、ネーション(=交換様式A)、国家(=交換様式B)、資本(=交換様式C)の実態があるとしています。これら3つの実態は互いに依存しあっており、どの1つも他の2つなしには存在し得ません。
交換様式Aと原遊動性Uとの関連
交換様式DがAの回復だとすると、その回復する原因は何でしょうか?
柄谷氏の考えでは、交換様式Aは、交換様式以前の状態が高次元で回復したものとなります。交換様式以前とは、「狩猟採集民」の遊動性のことです。柄谷氏はこの遊動性を「原遊動性U」と呼んでいます。
狩猟採集民の社会
定住以前の、狩猟採集民の社会では、交換が意味をなしません。遊動しているので、備蓄ができません。したがって、富の不平等も生じません。狩猟採集民の社会は平等です。その平等は「遊動性」からくる自由によってもたらされています。「自由であるがゆえに平等な社会」と言えます。
定住社会(=氏族社会)
定住社会(=氏族社会)になると備蓄ができるので、富の格差が生まれます。ここで、平等性を回復しようとすると、互酬交換(=交換様式A)の必要がでてきます。これが交換様式Aの起源だといえます。定住社会では、人が集団から脱することができず、贈与やお返しの義務に縛られる「平等であるために不自由な社会」があらわれます。
格差の是正・消滅と平等性の回帰、原遊動性U
交換様式Dが、原遊動性Uの高次元の回帰だといえる背景は、狩猟採集民の社会と定住社会の構成原理に発するものだということです。現代の高度な資本システムと行政システムに基づいて、平等性を回帰させながら、交換様式Aを回帰させるのが、交換様式Dであるという、ざっくりとした理解ができます。
以上で本記事は終了です。
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