1新道宗幸『原子力規制員会』(岩波書店・2017年12月)
本記事では政治学者の著書『原子力規制員会 独立・中立という幻想』の紹介を兼ねながら、行政委員会制度と原子力規制システムについて見ていきます。
著者について
著者の新藤宗幸(1946~)は行政学者で、専修大学法学部助教授、立教大学法学部教授、シェフィールド大学客員教授、千葉大学法経学部教授を歴任しました。
著書に『財政投融資』(2006年)『政治主導 官僚制を問いなおす』(2012年)『教育委員会 何が問題か』(2013年)等があり、数々の行政システムの問題点を洗い出し、批判的分析を行っています。
概要
福島第一原発の事故をきっかけに作られた原子力規制委員会は、「世界一厳しい」と称する新規制基準によって再稼働審査を行っている。政権や経済界からのプレッシャーを前に、独立性と中立性を維持できているだろうか。行政学の観点からその組織構造と活動内容を批判的に検証し、原子力規制システムはどうあるべきかを考える.
以上が出版社が示す概要です。
章立て
第Ⅰ章 原子力規制委員会はいかに作られたのか
第Ⅱ章 原子力規制委員会とはどのような組織なのか
第Ⅲ章 原子力規制委員会とはいかなる行政委員会か
第Ⅳ章 原子力規制委員会は「使命」に応えているか
第Ⅴ章 裁判所は「専門家」にどう向き合ったのか
終 章 原子力規制システムは,どうあるべきなのか
以下、本記事では序章と第Ⅲ章を中心にまとめ、行政委員会制度について見ていきます。
【東北電力女川原子力発電所】
2福島第一原発事故と原子力規制システム
チェルノブイリ原発事故並みのシビアアクシデント
2011年3月11日に発生したマグニチュード9.0の巨大地震(=東日本大震災)で、太平洋沿岸に大津波が発生。福島県双葉郡大熊町に所在する福島第一原子力発電所も津波に襲われ、全電源喪失となり、3月12日以降原子炉建屋の水素爆発事故が起こりました。
運転中の一・二・三号機は核燃料が溶融し、四号機は核燃料プールがむき出しとなったのです。これにより放射性物質が拡散し、政府は周辺住民に避難指示を出しました。当時の菅内閣は4月に国際原子力機関(IAEA)の原子力事象評価尺度で、チェルノブイリ原発事故並みのレベル7としました。
原子力規制員会の設置
シビアアクシデントから1年6か月後の2012年9月16日、新たな原子力規制機関として「原子力規制委員会」とその事務局の「原子力規制庁」が発足しました。
政策アクセルとブレーキの未分化から改革へ
3・11当時、発電用原子炉の第一次安全規制権限は経済産業省の「原子力安全・保安院」が担っていました。
一方で内閣府には第一次の原子力安全規制機関(=「原子力安全・保安院」)をチェックするとして「原子力安全委員会」がありました。
しかし「原子力安全・保安院」は経済産業省の一部局、「原子力安全委員会」は内閣府の付属機関であり、両者の組織的自立性は低く原発安全規制のアクセルとブレーキの分離が不明確な状態でした。
そこで、改革のためにこれら従来の機関を廃止して、「原子力規制員会」が発足しました。
「原子力規制員会」は環境省の外局であり、国家行政組織法第3条にもとづく行政委員会となります。
かくして原子力規制員会は原子力安全規制を一元的に担う組織として設置されました。
そして委員会には、「原子力安全・保安院」と「文部科学省」が担っていた、事務・規制・調整・システム運用等の権限が移管されました。
3行政委員会とは
国家行政組織法第三条
国家行政組織法第三条第二項には
『行政組織のため置かれる国の行政機関は、省、委員会及び庁とし、その設置及び廃止は、別に法律の定めるところによる』とあります。
さらに同法第三項には
『また委員会および庁は省の外局とする』とあります。
この条項の規定にある「委員会」は通称「三条委員会」「三条機関」と呼ばれ、独任制の行政組織ではなく、複数の委員による合議体を最高の意思決定機関としています。その合議体のもとに事務局機構が置かれることになります。
府省に設置されている行政委員会
以下、三条委員会である行政委員会を示します。
〇国家公務員法3条に基づき内閣に設置されるもの
人事院(人事官会議)
〇内閣府の外局(三条委員会に準じるもの)
公正取引委員会(委員長は認証官)
国家公安委員会(大臣委員会)
個人情報保護委員会
カジノ管理委員会
〇省の外局(三条委員会)
公害等調整委員会(総務省)
公安審査委員会(法務省)
中央労働委員会(厚生労働省)
運輸安全委員会(国土交通省)
原子力規制委員会(環境省)
4原子力規制員会の位置づけ
規制機関に求められる要素
以上のように原子力規制委員会は憲法に規定され、内閣から自立性をもった「独立行政委員会」ではありません。内閣を頂点とする行政組織法上の「行政委員会」となります。
こうしたなかで「独立性」と「自立性」を発揮して、原子力規制システムを運用しなければならないのです。
そして、本書では「原子力規制機関に必要な行為規範」として次の3つを示しています。
「独立性」と「中立性」
内閣からの組織的独立と、政党政治や利益集団からの中立。
「公開性」
規制対象との折衝や、意思決定の議論を最終決定前に公開し、市民の意見を聞く。
「専門性」と「市民性」
原発施設は高度の専門的知見と技術的集積から成り立っていますが、蒸気を出してタービンを回して発電するという、仕組み自体は難しいものではありません。
問題は核燃料と核分裂反応で動かしている熱交換装置の統御の困難さによることです。
その困難さへの対応には専門性が必要ですが、専門的科学技術は市民社会の感性にも敏感になり、視野を広げなければいけません。そうした市民性から専門的知見を見直すような「専門性」と「市民性」の往還が必要となります。
市民の信頼を得られるか機関か
筆者は、原子力規制委員会に求めらるこれらの行為規範は、達成されていないのではないか、と批判を示します。
「独立性」と「中立性」の点では内閣統轄下にあること。
「公開性」の点では5人の委員の合議体、すなわち最終決済の場のみが公開されていて、委員と原子力規制庁幹部との協議や、規制庁内部の意思決定過程が非公開であること。
「専門性」と「市民性」については、5人の委員は科学者であるが「原子力ムラ」に偏っているように見受けられること。
等が指摘できるようです。
5原子力規制システムのあるべき姿とは
ここまで、行政委員会と、原子力規制システムについて見てきました。
原子力規制員会について知ることで、法律と行政システムのあり方について考える、手がかりになるように思います。
三権分立のチェック体制
本書では、他にも原発行政に関連する様々な批判的検討をしています。
例えば、現状の原子力規制員会だけでは、原子力規制システムとしては成り立たないのではないか、と論じています。
シビアアクシデントの危険があるような施策であるため、二重三重の規制のセーフティネットがあってしかるべきだというわけです。そこで三権分立を基本としたダブルチェック体制を提案しています。
以上で本記事は終了です。
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